敦煌に着いたのは夜明け前のまだ肌寒いとき。駅から敦煌の街までバスでもかなりの時間がかかる。途中、まだ暗くて辺りが見えない時間だったが、バスは止まり降ろされた。なんでこんなとこで止まるのか不思議だったが、空がだんだん明るくなるにつれその意味がわかった。目の前は広くはないが砂漠になっていて、漢の長城なるものがあったのだ。もう土と砂でしか残っていないが大地にぼこぼこと出た塊がそれのようだった。本当は罪になるらしいが、なんだか珍しく登ってしまった。奔流メンバーもみんな登りウェーブとかしてた。ほんの数メートルしかないけど上から見える景色は素晴らしく、なおかつ朝日も昇ってくるとなるとなんとも言えない世界があった。そう、この旅での一番の目的は砂漠を見て黄昏ることだった。そしてついにここに来れたかと浸っていた。
敦煌で最初に訪れたのは敦煌古城。映画「敦煌」の舞台にもなったとこらしい。映画のセットさながらになっていて、衣装に着替えたりなんかもできた。
ホテルに戻るまでの間に予定にはなかったがガイドの半強制的な案内で敦煌の夜光杯の工場見学をさせられた。夜光杯の成り立ちからいいものの見分け方まで。ここで夜光杯を買わせようというガイドの策略はばればれだったが、まぁそれなりに面白かった。そしておれもその策略にのってあげて、特級の夜光杯を買った。西安でも買ったが、ついついいいものが欲しくなってしまった。
ホテルに戻って若干の自由行動があった。hanzoと染と三人で敦煌の街を見て周った。街自体大きくはなく十分歩いて見て周れた。ついでに日本語のインターネットができるというインインカフェに行ってみた。すでに日本語インターネットのほうは廃業にしていたが、日本人の店員と話せてなんか安堵感があった。
夕方になって一行は鳴砂山へ向かった。昼間に行くと暑すぎるから夕暮れ時がちょうどいいとのことだ。おれとしてはこの旅のメインだ。砂漠を見ること、ラクダに乗ること。それでこの旅の目的は達成される。
鳴砂山は夕方でも暑かった。だが、目の前に広がる砂漠はまさしく「砂漠」であり、観光用とは言えラクダの大群もいて、その素晴らしき光景はおそらく生涯忘れられないだろう。この砂漠に立っているという事実、これがこの旅で一番の感動だった。入り口からラクダに乗って移動し、徒歩で砂漠の山を登る。砂に足をとられて容易には登れないが、靴をぬいで裸足で砂の感触を味わいながら(?)登るとけっこう簡単に行けた。正直言ってあの山は楽勝でした。上まで行っても陽が沈むところはまた向こうの山に邪魔されて見えない。おれは砂漠の地平線に沈む夕日を見たい!と思って、山を下り、その向こうのもう一つの山を目指した。その山は人気がなく、いたのはおれと中国人と欧米人のカップルの4人くらいだった。結局、山を登ってわかったのは、夕日は砂の中に消えていくのではなく、その向こうの森の中に消えていくということ。でも、せっかくここまで来たのだから日の入りを楽しむことにした。砂の上に転がり、空を見上げる。運良くこの日は満月だった。砂漠の中でただ黙って、沈み行く太陽と徐々に暗くなるにつれ輝きを増す満月に浸りながら、この時を楽しんだ。
陽は沈み、満月だけが大地を照らしていた。しかし、砂漠の谷になる部分は真っ暗でその光景に恐怖を感じ、帰ることにした。なんせおれは今一人ぼっちでメンバーたちとは何百メートルか離れている。迷子にならないためにも急いでみんなのところに戻った。ちょうどみんなも下山するところで置いてきぼりにはならなかったが、迷子になっている人もいた。帰りもラクダに乗って帰るのだが、月の光を背に受けて暗闇をラクダに乗って移動する姿はフィナーレにとてもふさわしかった。
この鳴砂山はおれの期待以上の素晴らしい感動を与えてくれた。
その日の夜、もう時間は遅かったが夕食を食べに屋台に行ってみた。もう店仕舞いの最中だったが、規模は小さいなりにも雰囲気はとてもよかった。
敦煌2日目、午前は莫高窟なるところに行った。これが激つまらん。この旅、つまらんランキングワースト3に入る。ちなみに最悪はトルファンのアスターナ古墳。
午後は自由行動。とりあえず日本語が使えるネットカフェへ。なんとしても、高校の後輩にこの旅の辛さと愚痴を訴えたかった。たまたま、そこで居合わせたグッチとその後の行動を共にすることになった。あまり気はすすまなかったが誘われたからには仕方ない。とくに会話もなく適当にぐるぐる街や店を見て周った。
そして、ホテルに集合し、またバスに乗って敦煌駅へ行き、次なる地トルファンを目指す。
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