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2007年03月 アーカイブ

2007年03月09日

ニュージーランド・香港2日目

ひつじ


二人して起きたのは10:40頃だった。時間のない旅なのに、全く何をしているんだか。

今日は羊を見に行く予定だが、その前に朝食を食べようってことで、地球の地図には乗っていないエリアを歩いているとちょいとおしゃれな店があった。けっこう人もいて流行ってる感じだったから、入ってみた。どうやらトルコ料理の店らしい。羊が多いニュージーランドだから、トルコ料理店が多いのも納得できる。しかしけっこう値が張る店で、いっぱい食べたいと思って入ったのにスープとパンくらいしか食べられずに出てきた。

駅に行って、列車に乗ってGreen Lane駅へ。ここからタクシーに乗って、One Tree Hillという公園を目指す。Green Lane駅は無人駅で、駅の周りにはこれと言って何もない。タクシーはすぐ拾えた。15ドルで丘の頂上まで来れた。しかし、風が強くてほんとに寒い。カメラを構えても風のせいでブレまくり。タクシーの運ちゃんに公園の入り口で待っててもらうことも考えたが、いつ帰るかもわからないから言わなかった。でも後から考えると、言って待っててもらうべきだった。

羊が放し飼いになってると地球に書いてあったのでこの公園に来た。確かに、そう多くはないが羊が好きなように寝てる。写真を撮ろうと近づくと、立ち上がって逃げてしまう。できれば抱きかかえて写真を撮りたかったが、指一本触らせてくれないくらいガードが堅かった。むしろおれが走って羊を追いかけたら、ほとんどの羊が一斉に同じ方向に逃げ出しちゃった。

あまりの寒さにトイレに行きたくなった。公園にはトイレらしきものがなくて、公園を出てしばらく歩くとショッピングモールの中にマックがあったからそこでトイレを借りた。ついでにおやつを食べながら今後の予定を練った。とりあえず羊を見れた以上、ここにいる必要なないから早めにオークランドに戻りたかった。タクシーでまたさっきの駅に戻ろうとしたが、なかなか流しのタクシーがつかまらない。交差点をしばらく右往左往してるとようやく1台つかまった。列車の発車時刻まであと数分。間に合うかどうかぎりぎりのところだった。そして、駅に着いたとき、ホームに列車が入っているのが見えた。お金を払って、急いで駅へ向かって走ったが、無情にも列車は行ってしまった。タクシーでオークランドへ行くか、25分くらい待って次の列車に乗るか迷いどこだったが、結局次の列車を待つことにした。駅の周りは店なんてないから、ただホームで待つのみだった。

オークランドに戻ってきて、ヨットハーバーへ。冬だからヨットなんて似合わないが、きっと夏になるとこの辺はきれいなんだろう。

そして、DFSや大橋巨泉のOKギフトショップでみやげ物を買いあさった。ニュージーランド来て2日目でもうみやげを買わないといけないんだから、ほんと短い旅だ。

夕食はTony'sというステーキ屋へ。店内の雰囲気もいいし、なんせスタッフにインテリジェンスを感じるいい店だった。おれはラムのステーキにニュージーランド産ビール。黒ビールが嫌いなおれらは、スタッフお薦めのビールにも関わらず、半分くらいしか飲めなかった。でもステーキはまじおいしかった。さすがニュージーランドの羊なだけある。一人38ドルもしたけど、値段相応の価値があった。

夕食後はまたまたカジノへ。酔いが覚めるのを待ってから賭けた。今日はルーレット。今回は綿密に計画を練ってきた。最低掛け金が2.5ドルの台でちまちま賭けながらも面白いように当たり、1時間ほどで100ドル儲かった。昨日の負けとあわせても50ドルの勝ちだ。考えてみれば、人生で初めてのカジノの勝利だ。もっと勝つこともできただろうが、やっぱり引き際が大事ってことで今日はそれぐらいにした。ゲームの途中、ほんとうざい中国人がいた。賭け金が低い台なのに、大量のチップをあっちこっちに賭けるもんだから、回収や計算に時間がかかってゲームの回転が悪くなった。そして、それとは関係なく、昔日本で働いていたことがあるというブラジル人に話しかけられた。彼もまた負けが続いていたようで、おれらの勝ちパターンを教えてあげたかったが、なんとか思いとどまった。

おれは初勝利の喜びでかなり足取りも軽く帰った。夜食にチキンチップスを買って部屋へ戻った。明日、ニュージーランドを発たなきゃいけないのが残念でならなかった。

2007年03月11日

ドバイ・ギリシャ(1)

ドバイ・クリーク

2007年2月10日。修論発表が昨日で、ろくに旅に出る準備をする暇がなかった。おかげでいろんなものを忘れた。

今回の旅ではセントレア発着のエミレーツ航空を使う。航空券代が69000円で、その他に税金などがかかった。

17:03東京発ののぞみに乗る。これに乗るのすらぎりぎりだった。名古屋駅でセントレアに行く名鉄の駅がわからずだいぶ迷った。予定通り出発の3時間前に空港に着いた。

セントレアはさぞでかくて設備も万全に整っているだろうと思ったら、大きな間違いだった。基本的にATMが旧UFJ系しかない。さすがは東海。カードの支払日を数日後に控えて、どうしても入金しなければいけなかった。セントレアにはいろんな銀行のATMがあるだろうと思っていたのに…。そんなわけで、とりあえずチェックインしてからタクシーで近くのセブンイレブンまで行き、入金することに。電車で来る途中にセブンイレブンの看板が見えたから。おかげでタクシー代2070円が余計にかかった。まじセントレア使えねぇ。

そして、持ってきたノートパソコンでネットができるところをインフォメーションカウンターで聞くと、出国審査後にビジネスコーナーがあって、そこでできると。案内表示に従って進んでいくと、ビジネスコーナーの手前で、ロープがひかれていた。深夜で発着が少ないからかもしれないが、書いてあって使えないなんておかしい。近くにいた警備員は担当じゃないからわからないと言い、仕方なくサイパン行きの客の荷物検査をしていた警備員に聞くと、ロープをくぐって行っていいと。なんて機能的じゃない空港なんだ。そして、おれは誰もいないひっそりとしたビジネスコーナーでネットにつなぎ、振込みをした。事情を何も知らない警備員が来たら怒られのでは、とびくびくしながら…。

飛行機は23:00発。エコノミーの席は2席に1人くらいの割合でしか埋まっていなかった。エミレーツ航空の客室乗務員は国際色豊か。日本人、韓国人、タイ人、フランス人、ドイツ人、インド人、少なくともそれだけの客室乗務員がいた。

日付が変わって、2月11日5:40頃、ドバイ空港に着いた。今回は友達からGSM対応ケータイを借りてきた。そんなわけで海外でもiモードが使える。

入国審査は長蛇の列。並んでから終えるまで20分くらいかかった。荷物検査などはなく外へ出られた。とりあえず両替。100US$が360Dhになった。1Dh=約32円。

意外とあっさり空港バスをみつけられて、3Dhでバール・ドバイへ。バール・ドバイのバスターミナルまで直通のバスかと勘違いしてたが、途中でちょこちょこバス停によって客を乗せていく。これじゃどこで降りればいいかわかんないと思っていたら、ちゃんとホテルの目の前のバス停で降りることができた。いや〜どうにかなるもんだ。

今日のホテルはネットで予約したRUSH INNというホテル。1泊9000円くらい。もともとホテルが高いドバイで、しかも観光シーズンってわけで余計に高かった。1万円払っても2つ星くらいにしか泊まれないから、個人旅行者泣かせな都市だ。

ホテルに着いたのは朝7:00頃。これじゃチェックインはさせてくれないだろうと思っていたら、ほんとにできなかった。ってことで荷物を預けて、ホテルの外へ。こんな朝早くじゃ店も開いてないし、これと言って行動のプランはなかった。とりあえずクリーク(運河)のほうに行ってみて、公園のベンチで地球を読みながら何をするか考えた。ドバイでも鳩のフン害がひどいみたいだ。ほんとうざいくらい鳩がいた。

アブラと呼ばれる渡し舟に乗って、対岸のデイラへ。デイラは安宿が集まる、ドバイの高級なイメージとはかけ離れた庶民の街。ここで3日後のホテル探しをすることに。「ホテルデリーダルバル」というホテルは1泊220Dhで比較的安かった。しかも、なぜか対応が冷たいドバイ人において、ここのホテルのフロントスタッフの一人はとても感じが良かった。ってことで、3日後の分を予約しようとしたら、満室だと。でももしかしたら、キャンセルが出るかもだから当日電話してくれと言われ、電話番号をもらって外に出た。

そこからそう遠くないバニヤススクエアにあるツアリストインフォメーションに行ってみた。ところがバニヤススクエア自体が工事中で、そのインフォメーションもクローズしている感じだった。ここをかなりあてにしていただけに、クローズは痛かった。

しかたなく近くにあったケバブ屋でバーガーと生オレンジジュースで朝食。やっぱり生のオレンジジュースはおいしい。イスラム圏に来たときの楽しみの一つになっている。合わせて10Dh。

ドバイは自販機の数が多いことからもわかるように治安がいい。しかし、道端に突如UFOキャッチャーが現れるのは日本以上だ。きっと日本に遊びに来たドバイ人が、あまりの面白さに持ち帰ってしまったのだろう。ちなみにドバイには屋内スキー場もある。

タクシーをつかまえて、シティセンターへ。タクシーはメーター付きでぼられる心配は全然ない。シティセンターは高級ブランドショップなんかも入るショッピングセンター。ここのインフォメーションでオリエントツアーというツアー会社の場所を聞いた。彼らではわからず、電話して調べてくれて、どうやらバール・ドバイのバスターミナルの近くらしいってことがわかった。

シティセンターを出て歩いてDNATAというビルへ。この近くからオマーン行きのバスが出るらしいのだが、それを調べておきたかった。しかし、結局見つからず。そして、地球に載っていたGUCCIの店を探したがこれも見つからず。腹も減ってきたので、次のショッピングセンター「バール・ジュマンセンター」へ行くことに。

フードコートで昼食を食べようと思ったが、意外に日本人が多いからやめた。そして、Bateelというチョコレート屋へ。デーツというよくわからない実を使ったチョコレートが有名らしい。試食させてもらったらほんとにおいしかった。ただ値段はやっぱり高め。おみやげを買うには早すぎるから、逃げてきた。

14:30頃ホテルにチェックイン。飛行機の中であまり寝れなかったのと、歩き疲れたので、しばらく昼寝をした。

17時頃、重い体を起こし、再び外へ。さっき教えてもらったツアー会社を探しにバスターミナルに行ってみた。インフォメーションで教えてもらったのが正しいとは期待していなかったが、その通り期待しなくて良かった。その場所にあったのは「オリエントトラベル」で、おれが探していた「オリエントツアー」ではなかった。まぁ電話すりゃ早い話だが、そんな自信はないからバスターミナルで客を降ろすタクシーを狙ってつかまえて、バージュ・アル・アラブ近くのスークへ行った。しかし、何日か滞在して思ったが、ドバイは明らかにタクシー不足。待っても待ってもなかなかつかまらない。しかも渋滞がひどいから回転が悪いし。そんなわけで、地下鉄の建設が進められていたが、今はその工事の影響で渋滞が悪化しているらしい。

タクシーは最短距離を走らず、わざわざハイウェイに乗ってスークを目指した。片側7車線もある道を普通に100km/h以上で走るんだからすごい。某自動車会社の車両開発をしている友達が、ドバイでも車のテストをよくするようなことを言っていたが、ドバイ人の運転の荒さを知ればその話も納得できる。

約40Dhでスークに着いた。名前は忘れたが、このスークは内装が昔っぽい作りになっていて、おしゃれな感じにできている。レストランなんかもかなり雰囲気が良くて、とても一人で入られるようなところではない。そして、ここで地球を失くしたことに気がついた。恐らくさっき乗ってきたタクシーの中に忘れてきたのだろう。しかし今さらどうすることもできない。まぁ今日一日でドバイのだいたいの地理はわかったからよかったが。

スークを出て、バージュ・アル・アラブの見えるところに行った。世界で唯一の7つ星ホテルと言われているところ。宿泊客以外、中には入れないらしいから行かなかったが、まぁいつか泊まってみたいもんだ。
バージュ・アル・アラブ

そして、ジュメイラ・ビーチホテルへ。さっきのバージュ・アル・アラブからするとだいぶ見劣りするが、それでもこっちもすごい。

タクシーで再びバール・ジュマンセンターへ。このときのタクシーの運転手はいろいろ話しかけてきた。渋滞してたせいもあって、1時間近く乗っていたが、おれもメールをするのと喋るのに忙しかった。そのおっちゃん曰く、ドバイのガソリンは1リットルあたり50円くらいらしい。一見安いように思えるが、日本のガソリン代の半分以上を税金が占めていることを考えると、ドバイのガソリンはそんなに安くはない。むしろ意外と高いことにびっくりした。

バールジュマンセンターで食事をして、歩いて帰る途中にネットカフェに寄ってから部屋に戻った。

2007年03月15日

ドバイ・ギリシャ(2)

オールドマスカット

朝5:30起き。ホテルに朝食は含まれていないので、そのままチェックアウト。ホテルの前でタクシーをつかまえて、10分ほどで目的地に着いた。今日は、オマーンの首都・マスカットに行く。予定では、オマーンで2泊して、そのうち1日でワヒバ砂漠のツアーへ行くつもりだった。

マスカット行きのバスはクロックタワーから1ブロック行ったくらい、エミレーツグループのDNATA(ダナタ)という建物の東側にある「MASIK」というレストランの前から出発する。マスカットからの到着もこのレストランの前になる。タクシーの運転手に「オマーン行きのバスターミナル」と言えば誰でもわかるそうだ。

7:00発のバスに乗った。と言っても実際に出発したのは7:30頃だった。料金は片道で50Dh、往復で100Dh。おれはどうせ帰りも乗るのだからと思って、往復を買ってしまったが、ここは片道だけ買うほうが良い。なぜならこの路線を運行しているバス会社は複数あって、おれは帰りに乗ろうと思ったバスが行きとは別の会社ので、結局帰りもまた50Dh払ってチケットを買いなおすはめになってしまったから。

走り始めて30分後、砂漠地帯を走る道路で、急に路肩にバスを寄せたと思ったら、運転手が外に出てバスを調べ始めた。1分もしないうちに戻ってきて、「壊れたから乗り換えてくれ」と言ってきた。大都市ドバイでもこんなことが起きるのだなと感心してしまった。おれは気づかなかったが、別の会社のバスが並走していたようで、そのバスにすぐに乗り換えることができた。2台分の乗客を足しても、1台でおさまるほどの人数だったからよかったものの、2台とも満員だったらどうなっていたことか。

それから1時間ほど走って、バスはUAEの国境に来た。バスを降りてパスポートを見せて、出国のスタンプを押してもらって終わり。さらにしばらく走って、今度はオマーン入国の荷物検査。荷物を全部持って降りて、青空の下、大きなテーブルの上に荷物を並べて、係官に一つずつチェックしてもらう。調べ方はかなり大雑把で、細かく聞かれたりすることもなかった。そしてさらに走ること数分、オマーンの入国審査。バスを降りて建物の中に入り、窓口で係官にパスポートを見せる。日本人は書類の記入もビザ代もいらなかった。ただパスポートを見せるだけ。空港から入国するときは、ビザ代10US$かかるらしいが。

そして13:30頃、マスカットのルイ・バスターミナルに着いた。着いたはいいが、昨日地球を失くしてしまったおかげで、右も左もわからない。とりあえずバスの運転手にツーリストインフォメーションはどこにあるか聞いてみたが、なんだそれ?という顔をされてわからないと言われる。おれの記憶ではこのバスターミナルの近くに「i」のマークが地球の地図には書いてあったはずなのだが。しばしうろうろしてみたが、荷物もあるし暑いしで、仕方なくバスターミナルの目の前にあった「SUNCITYホテル」に入ってみた。フロントスタッフは極めて不親切。ただ、部屋は20RO(=約6000円)であると。部屋を見せてもらうと全然悪くないから、とりあえず1泊目はここに泊まることにした。まぁ荷物を置けて落ち着けたのはよかったが、フロントで地図をほしいと言うと、「ない」と言われた。全くドバイもそうだが、オマーン人にも温かさはまるで感じられなかった。

そしてホテルの近くにある旅行会社を数軒訪ねてみたが、全て閉まっていた。どうやらオマーン人も昼寝をしっかりとるようだ。なおかつ銀行も閉まっているから、両替すらできない。オマーンに入国してすぐだから、オマーンのお金なんてまるでない。これじゃジュースすら買えない。困ってうろうろしていると、シェラトンホテルがあることに気がついた。10分ほど歩いて着くと、ロープが敷かれ、「改装中」のような立て札があった。頼みのシェラトンまでダメじゃもうしょうがないなと諦めた瞬間だった。

ホテルの近くのKFCで、ドバイのお金しかないが使えないか聞いてみると、問題ないとのことだった。実際、1Dh:1RO=1:10くらいの割合になるので、そんなかんじで計算してくれた。ようやく15時過ぎて昼食をとることができた。家族連れの客の子供たちには東洋人が珍しいのか好奇な目で見られた。

16時を過ぎた頃からぼちぼち旅行会社が開きだした。そのうちの1軒で地図をもらえないか頼んでみたところ、すごい大雑把な地図ではあるがくれた。ようやくこれで当てを作って歩くことができる。さらに違う旅行会社で、ワヒバ砂漠へ行くツアーがないか聞いてみた。電話で誰かにつなぎ、おれに出ろと受話器を渡され、英語で交渉してみた。ところが、向こうの言い値は120RO。およそ36000円。とんでもなく高い。話にならないと思って、すぐに断った。そうそう、ワヒバ砂漠は「あいのり」に出てたかな。砂漠と海が隣接しているようなところ。

ワヒバ砂漠に行けなくなったってことで、とくにオマーンにいる用事はなくなった。あとは世界遺産にもなっているマスカットの街並みを見れれば満足だと思い、明日ドバイに帰ることに決めた。しかもオマーンではGSMでもiモードが使えなかった。

銀行に行ってみたところ、両替する場所だろうと思ったところにレートが全く表示されていなかった。インド系の銀行らしいが、こんなところではしたくないと思い、結局キャッシングでROを手にするしかなかった。

オマーンのタクシーはメーターがない。よって交渉次第。そんなわけだからふっかけてくる。だがドバイと違って、ここマスカットではタクシーは売り手市場。暇そうにしてるタクシーがいっぱいいる。そんなわけでふっかけられれば次々と違うタクシーに声をかけ、結局1.5ROでオールドマスカットに行くことにした。しかし、その運転手、むかつくことにお釣りがないからと言って、1.7ROとられた。まぁめんどくさいから文句も言わずに降りたが。

オールドマスカットは景観を守るため、建物は全て白に統一されている。ようはこれを見るためにマスカットに来たようなものだが、これと言って高い場所がないため、街全体を見渡すことができない。
そしてここには昔の要塞があって、今でも軍の管理下に置かれている。軍人さんもいっぱいいて、でも写真を撮っていいか聞くと意外と優しくOKを出してくれた。

このオールドマスカットをふらふらしているとき、二人組の中学生くらいの少年に出会って、そのうちの一人が「写真を撮ってくれ」と言ってきたので仕方なく撮ってあげた。撮れた画像を見せると彼は喜んで去っていったが、いったい撮られるだけで何がうれしかったのだろう…。

タクシーに乗って、マトラへ。ここは港になっていて、カモメみたいな鳥が大量にいて糞害がひどかった。そして、ふと見つけたマトラスークに入ってみた。中は意外と大きく、イスタンブールのエジプシャンバザールを思い起こさせる。たださすがに日本人客が少ないのもあってか、日本語で客引きをするような店はほとんどなかった。

マトラの海岸沿いを歩いているとき、オマーン人家族の子供たちがおれのほうに向かって「バイバイキーン」と笑顔で言ってきた(聞き間違いでなければ)。オマーンでもアンパンマンが放送されているのだろうか。しかし、日本人=アンパンマンという発想をされてはいい迷惑だ。第一、オマーン人に「あんぱん」が理解できているのだろうか。

マトラの夜
日が落ちてからタクシーでルイに戻った。ネット屋に寄って腹をすかせてから、近くのインド料理屋で夕食をとった。ケバブカレーにスープ。これと言っておしくはなかった。

2007年03月21日

ドバイ・ギリシャ(3)

クリークの夜景

ドバイ行きのバスは6:00、7:00、16:30発があるようだった。おれは7:00発のバスで帰ることにした。用意に手間取っていたらチェックアウトはバスの出発の5分前だった。バスに乗って昨日買ったチケットを見せると、「バス会社が違う」と言われ、またチケットを買いなおすことに。これで50Dhが無駄になった。

9:30頃、一度休憩があった。行きのときはガソリンを入れるついでにちょっと休めたくらいだったが、今回のはまともな休憩だ。6時間もバスに乗っているわけだから、一度くらい休憩がないときつい。

11:00頃、国境に着いた。荷物検査はなし。ドバイの入国審査もパスポートを見せるだけ。「バスで来たのか?」と聞かれただけだった。

13:00過ぎにMASIKレストランの前に着いた。予定より1日早く帰ってきてしまったため、ホテルはとっていない。とりあえず、デイラのホテルデリーダルバルに行こうとした。ところがなかなかタクシーがつかまらない。仕方なく歩きながらタクシーをつかまえようとするが、とても徒歩だけで行けるような距離ではない。ってことで諦めて路線バスに乗ってみた。行き先も乗り方もわからないが、とりあえず方向だけ合ってたから見覚えのあるところで降りようと思った。

遠回りはしたものの何とかホテルデリーダルバルに着いた。フロントには一昨日見たフロントマンが。2泊したいと言うと、今日は空いているが、明日は満室だと。もし明日、空きが出たらそのまま泊まっていいと言われ、そういうことにした。1泊220Dh(=約7000円)。ドバイにしては安いほうだ。部屋はきれいではないが、とくに不満はなかった。

初日にもらったドバイの地図には広告で旅行会社なんかも載っていた。その広告を見て、HORMUZツアーという会社に行ってみることにした。場所はFish R/Aの近くらしい。Fish R/Aがどこかもわからなかったが、アブラの駅近くにあった地図を見て場所を確認した。だいぶ歩いて見つからず、ふらっと入ったマックの店員にFish R/Aの場所を尋ねると、すぐそこだと親切に教えてくれた。それからすぐにHORMUZツアーは見つけることができたが、外観に中国語が多数書かれていたことから、中に入るのをやめた。

そして、シティセンターに来た。ツーリストインフォメーションでパンフレットを眺めていると、中学生くらいのアラブ人が話しかけてきた。しかも日本語で。どうやら日本が大好きらしく、日本語を勉強していて、その腕を試したかったらしい。基本的なあいさつであったが、発音もきれいでちゃんと通じた。通じたことに彼も大喜びでその場を去っていった。おれがまたパンフレットを眺めていると、彼はまた戻ってきて今度は英語で「写真撮ってもらっていいですか?」と聞いてきた。てっきりおれはその彼と一緒に来ていた友達の2人を撮るのかと思ったら、おれと一緒に撮れとのことだった。彼の持ってきたカメラがおれと同じT−10だったこともあって快諾した。そして彼はまた日本語で日本のアニメや漫画が大好きだと言っていた。いつか日本に行きたい、とも。麻生外相が言っている「マンガ外交」とはまさにこのことだ。おれはそんなにマンガは読まないが、世界ではマンガを通じて日本を知ったり、日本に関心を持ってくれたりすることが大いにありそうだと感じた。そう考えると漫画家ってすごいなぁと思う。

そのインフォメーションセンターでラクダレースを見たいと言ったら、電話番号だけ教えてくれてあとは突き放された。まぁそんなわけでいろいろあって、再びHORMUZツアーへ行くことに。しかし、タクシーで行こうとしたらシティセンターのタクシー乗り場は長蛇の列。こんなの待っていたらいつ乗れるかわかんないから、また歩きながらタクシーをつかまえることにした。ところが、やっぱりなかなかつかまらない。20分以上歩いて、ようやくつかまえることができた。

HORMUZツアーに行ってみるとやっぱり中国語で話しかけられた。英語で話し返すと、英語のできる人が対応にきた。ラクダレースはその会社の専門外らしい。ってことでアルアインに行くツアーに明日入りたいと言うと、明日はないと言われた。明日あるのは、アブダビのツアーとイーストコーストのツアーだと。イーストコーストは地球で見たような気もしたが、なんせ失くしてしまったから詳細がわからない。イーストコーストの地図をくれないかと頼んでみたところ、「ない」とはっきり言われ、むかついたから出てきた。明らかに客を扱う態度ではない。ほんとドバイ人にはこういうのが多い。

そこからはタクシーを諦め、歩いてホテルへ。今日は何か観光をしたわけでもないのにずいぶん歩いた。夕食はツインタワーの4階で。特に食べたいものがなかったから、ビュッフェにしてみた。ドバイのクリークを眺めながら食べられるってことで、場所はとても良かった。味はふつう。場所代が高いせいだろう、50Dhとられた。

2007年03月25日

ドバイ・ギリシャ(4)

アブラ

今日はもうすることがない。最近動き回っていたこともあって10:30くらいまで熟睡。12時近くになってフロントに行ってみると、そのまま泊まっていいと言われた。若干拍子抜けしたが、ホテルを移動しなくていいのだから良かった。

とりあえずジュメイラビーチパークに行ってみることにした。ところがデイラ周辺ではなかなかタクシーがつかまらない。ってことでアブラでクリークを渡って、バール・ドバイへ。しばらく歩きながらタクシーを見つけようとしたがやっぱりつかまらず、初日にも来たバスターミナルへ。ここで客を降ろすタクシーを待っていると、ようやく乗ることができた。

ジュメイラビーチパーク
1.5Dhの入場料を払ってジュメイラビーチパークの中へ。イスラム教の国と言えども、ここではみんな水着になって泳いでもいい。おれは水着は持ってないし、泳ぐ気もなかったから適当にビーチを散歩していた。しかし、カメラ小僧だと疑われてもやだからあまり長居はしないで出てきた。

タクシーでモール・オブ・ザ・エミレーツへ。ここには屋内スキー場がある。外から建物を見ても変な形をしているのはゲレンデのせい。スキー場だけじゃなく、そりとか滑り台とかけっこう楽しそうな作りになっていた。こんなものまで作るのだからさすがアラブ人だ。

行列のタクシー乗り場で待つこと15分、ようやく乗れてバールジュマンセンターへ。行く途中、ハイウェイを走ってるときに、「ジュメイラビジネスセンター」が建設中だった。いくつもの高いビルが密集していて、しかもポルシェデザインのビルっぽかった。金は集まるところに集まるらしいが、まさにそれを象徴しているようだ。

バールジュマンセンターでは「Bateel」というチョコレートをお土産用に買った。デーツという実が入っているチョコレートがおいしいらしい。何個か試食させてもらったが確かにおいしい。1粒あたりの単価は100円近くしそうなくらい高いが、これと言ってドバイ土産もないからこのチョコレートで済ませた。

再びタクシー待ち。ここからなら歩いてアブラに乗ってまた歩けばホテルには着ける。しかし、もう歩くのが面倒だった。20分ほど待ってようやくタクシーに乗れた。とりあえずツインタワーまでお願いした。走り出して数分、渋滞につかまった。なかなか前に進まない。これならやっぱり歩いて帰ったほうがずっと早かった。乗ったときに行き先を告げるとタクシーの運転手がどうも乗り気じゃなかった理由がわかった気がした。途中で降りてもいいが、そしたらタクシーは渋滞にはまったまま残されるわけだし…。ってことでツインタワーに着くまでのんびり乗っていた。

ツインタワーから少し歩いてJESCOというスーパーへ。水とお菓子を買って、レジで会計していると、レジの女店員がおれの胸につけてるウォークマンのクリップを指して何か言っていた。おれはてっきりクリップを万引きしたと疑われてると思ったが、そうではなかった。その女店員はおれと同じウォークマンの黒を持っていて、クリップがほしいのだがなかなか売っていないと嘆いていたのだ。とんだ勘違いをしたものだと恥ずかしくなったが、さすがに旅はまだ半分以上残っているし、クリップをあげるわけにはいかなかった。しかし、同じのを持っていてくれたのはとてもうれしいことだ。一見、貧しそうにも見える店員だったが、このウォークマンを持てるくらい生活水準は高いのだと考えると、ドバイってやっぱすごいところだと思う。

夕食は再び昨日の昼食を食べたところへ。昨日、親切にしてくれた小太りのおっちゃんも笑顔で迎えてくれた。やっぱり羊の肉にしようと思って、ラムスライスを頼んだら、でっかい羊の肉の塊が出てきてひいた。これは見るのも気持ち悪いと思って、申し訳ないがほとんど残してしまった。

デイラの夜は眩しいばかりにネオンが輝いて、人通りも多くとてもにぎやか。香港の夜と違うのは、行き交う人がアラブ人ってことくらいだろうか。通りに立っているだけでなんか楽しくなってしまう。イスラム教の国だし人通りも多いということで、写真を撮るのは控えたが、ドバイにおいてもこの地区はhanzo好みでは…

2007年03月27日

ドバイ・ギリシャ(5)

6:30頃チェックアウト。このホテルデリーダルバルはカードが使える。確かこのとき円安ユーロ高でユーロ導入以来の円が最安値を更新したらしい。これじゃますますヨーロッパ旅行はしづらくなる。物価の高いヨーロッパでは1ユーロ=120円くらいじゃないと日本と同じ物価には感じられない。これから行くギリシャはどうなのだろうか。

6:43発のバスに乗って、空港へ。デイラのバスターミナルからは401番のバスが30分おきに走っていた。空港で朝食をと思って、カフェへ。ドバイではスタバみたいなカフェでも後払いのことが多かった。そんなわけで、おれは食べるだけ食べて、金を払うことをすっかり忘れて店を出てしまった。しかもウォークマンをして。さてこれからチェックインをしようかというところで、後ろから呼び止められて気づいた。さっきのカフェの店員が追いかけてきたのだ。最初は何が起きたかわからなかったが、レシートを見せられてすぐ気づいた。人生初の食い逃げだった。何度もSorryを連発して、少し多めに払った。向こうも故意じゃないとわかってくれたのか笑っていたが、もう少しで国際指名手配されるところだった。

ドバイの空港はチェックインカウンターへ行くのも制限区域になる。ってことでもう少し遅れていたら、店員はおれをおいかけることができなくなっていた。行き先は関係なく、エミレーツ航空のカウンターでチェックイン。なぜか窓側を薦められたが、5時間以上のフライトだし、通路側にしてもらった。

ドバイの空港は意外と免税店が少なかった。まぁあんまり多くても意味はないと思うが、どこか物足りない。

9:35発。ギリシャへ行く飛行機なんてマイナーなためか、バスで移動して飛行機まで連れてこられた。最初、おれの隣は空いていたのに、急に怪しげな西洋人が座ってきた。「君は中国人かと思ったが、日本人だね?」と言いながら。確かにそうだが、隣が中国人だと嫌だったのだろうか。まぁ嫌う理由はわからなくもないが。

飛行ルートを見ていると、やはりイラク上空は避けて通っているようだ。イラクとサウジアラビアの国境を沿うようにして飛んでいた。もう1つどこかの国も明らかに避けて通っていたがどこだかわからない。

5時間20分の退屈なフライトの後、13時頃アテネの空港に着いた。入国カードなどはなく、パスポートを見せるだけで入国審査は終了。インフォメーションでエミレーツ航空のオフィスを聞いたら、出発ゲート近くにあるチケットカウンターを案内された。言われた通り行ってみて、リコンファームをしたいと言うと今度はチェックインカウンターへ行けと言われた。確かにこんな空港でリコンファームをするやつなんていないだろうが、これじゃらちがあかないから市街まで行くことにした。

空港バスでシンタグマ広場まで3.2ユーロ。ここギリシャは3G対応で、おれのケータイSO903iが使える。メールをしながら乗ること数十分、突如全員下ろされた。ほとんどの乗客は何が起きたかわからないように降りた。シンタグマ広場近くで降りられるはずが、しょぼい公園の前で降ろされた。ここがどこかもわからない。とりあえず人の流れに付いて行ったが、みんな思い思いに散っていく。ある旅行者っぽい人に付いて行くと地下鉄の入り口らしかったが、シャッターが閉まっていて中に入れなかった。一体ここはどこの駅なのか。地球の地図を見て調べてみると、地下鉄シンタグマ駅の1つ手前の駅であることがわかった。しかし、なぜ1つ手前で降ろされたのかはこの時点ではわからなかった。歩いてシンタグマ広場まで行ってもいいが、重い荷物があることだし面倒くさい。ってことでバスに乗ることにしたが、どのバスに乗ればいいかわかならい。次々と来るバスの運転手に聞いても、英語を解さないのかはっきりと返事が返ってこない。そして、いざ乗ろうと思ったら、バスのチケットがないことに気が付いた。ここギリシャでは車内でバスの料金を払うのではなく、事前にチケットを購入しておいて、それを乗ったときに刻印するという仕組みだった。そのチケットがどこで買えるのか困っていたところ、バス停の目の前にあるキオスクみたいなところでチケットをまとめ買いしている人を発見。おれもその人を見習って1枚買うことができた。

降りたところはシンタグマ広場からだいぶ離れてしまった。歩いてシンタグマ広場に戻ると警察が警戒線を引いていた。何事かと思い、とりあえず地下鉄に乗れるかを警官に聞いてみたところ、「16時から再開される」と。なんでか聞いたら「ストライキだ」と。やっぱりだ。もう何となく見当はついていたが、やっぱりストライキだった。フランス以来2度目のストライキ遭遇だ。16時から動くならフランスよりはましだけど。そんなわけでシンタグマ広場は交通規制がしかれていて、それで空港バスは1つ手前の駅までしか行けなかったのだ。
国会議事堂とデモ隊

シンタグマ広場周辺は武装した警官だらけで、一瞬テロ騒ぎかと見間違えるほどだった。16時まであと1時間ほどあるので、ツーリストインフォメーションに行って、エミレーツ航空のオフィスを聞いてみた。ところが、教えてくれたのはいいが、地図に載っていないくらい遠いらしい。行くならタクシーしかないと言われた。そこまでしたくはないから電話でリコンファームすることに。最初からそうすればいいが、なんせ英語で電話なんて…。

それから「Pacific Travel Agency」に行って最終日の夜のホテルを予約してもらった。最初おれが言ったホテルは高かったから、50ユーロくらいでいいのないか聞いたら、ちゃんといいホテルを見つけてくれた。そして、スニオン岬に行くツアーはあるか聞いたところパンフレットと名刺をくれて、行きたかったら電話してきてくれと言われ店を出てきた。

ギリシャには5泊する。3泊目をどこの都市にするかが一番の問題だった。2泊目はカランバカが決定している。いろいろ考えた結果、3泊目もアテネにすることにして、「ADONIS」というホテルに行って予約した。

16時までもう少し時間があるからシンタグマ広場近くのマックへ。マックリブとかいうオリジナルメニューがびっくりするくらいおいしかった。しかし、ギリシャ人は喫煙者が多く、どこに行ってもタバコのにおいがするのが少々痛い。

マックにいる途中、物乞いの子供にお祈りをかけられるように金をせがまれた。そして、地下鉄に乗ろうと切符を買ってるときにも別の子供に同じように腕を触られて金をせがまれた。ギリシャ正教だかなんだか知らないが、いちいち触れてくるのが非常にむかついた。

ホテルはラリッサ駅近くの「CANDIA」。ネットで予約しておいた。確か5000円台だったと思うが、全然悪くなかった。日本人の団体みたいなのも泊まっていたし。そしてなぜか最上階の部屋にしてくれた。

ラリッサ駅で明日のカランバカ行きのチケットを予約しようと思って外を出たのに、間違って地下鉄に乗ってシンタグマ広場まで来てしまった。もったいないがまた地下鉄に乗ってラリッサ駅へ戻った。駅のインフォメーションで、どこでチケットを買えるか聞くと親切に教えてくれた。その場所に行ってみると、銀行みたいに番号順に呼び出される仕組みだった。10分ほど待っておれの番が来ると、おっちゃんが感じよく応対してくれた。この辺がドバイとは違う。帰りの分はOPENにして、往復のチケットを買った。カードで払って、サインの漢字を見たら「なんじゃこりゃ」と言って笑っていた。確かにギリシャ人にとっては東洋なんて縁のないところかもしれない。チケット代は往復で17.4ユーロ。

再びシンタグマ広場に来ると、デモ隊が何やら叫んでいた。なんとなくデモ隊の顔を見る限りイスラム教徒っぽかった。何に対して抗議しているのかはしらないが。そんな物々しい雰囲気にも関わらず、広場の中心では人形劇が行われいた。ハロウィン風に仮装した姉ちゃんたちが一生懸命セリフを言っていた。何が題材か、デモと関係があるのかはわからないが微笑ましい光景だった。
人形劇
ギリシャではフォリフォリが安いとは聞いていた。確かめに店に行ってみると、やっぱり安かった。しかも日本では見ないようなデザインがあるし。アテネには数軒あるらしく、店によって置いてあるものがだいぶ違った。地球には載っていない、ショッピングモールみたいなところの店は時計が豊富で見ているだけで楽しかった。

夕食はエベレストというギリシャではメジャーなファーストフード店で。ギリシャは物価が安いと思っていたが、外食をすると日本以上に高い。ってことで食費を抑えるべく、量は少なく安いものを食べて、ホテルの朝食をがっつり食べることにした。

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